人生の縁側の陽だまりで出会った素晴らしき人や関わった猫。絵画作家 香本博の 日常と制作の狭間での心の樹海


by art-komoto
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カテゴリ:History自分史のかけら( 8 )

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幼稚園

不思議な場所から発掘された卒業アルバムとスナップ。
墨田区の天神学園(幼稚園)・・ここの太鼓橋で何度も滑ったがモネが欲しがって
自分の庭に真似て作らせた。
錦糸小学校から小平六小、小平二中へと・・
すまして気取って?基本は真面目で絵ばかり描いていた
まぎれもない自分がそこにいる。
ついぞ忘れていたが、ここが無いなら、今の自分も無いのだろう。

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中学3年

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小学1年

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小学6年
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by art-komoto | 2017-02-05 01:10 | History自分史のかけら

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これ見ると、自分が小平第二中学校に通っていた証拠だね。
でも、基本と言うか、自然界や命に対する感じ方・・根っこは
変わっていないように思う。それって良い事じゃないかな。
円で表現する自然界を色で描いたり・・
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時々、自分の個展を見てくだる方で、「これ、合同展ですか?」と
聞かれたりする。見た目の印象が、いろいろらしい。
でも意外にも、ずっと長い事続けて見てくださっている方は、
「なんか不思議と、やっぱり香本さんの絵だなって感じる」と
言ってくださる。
見方、感じ方は それぞれで良い・・ただ、私はこの
先日見つけた古いスケッチブックに、「変わらない自分の根っこ」を
見た気がするんです。下手もかわらないけど(苦笑)。
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でもこの頃もひたすら描いて、葛藤していたんだよね。
本当に素敵だと思う絵を描いていた人は、職業として成り立っていない画家
ばかりだったし・・それは今もだけど。
地球自然の危機を当時感じ、自分が好きな道の困難も感じていたんだろうなあ。
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これ見ると、自分が小平第二中学校に通っていた証拠だね。
でも、基本と言うか、自然界や命に対する感じ方・・根っこは
変わっていないように思う。それって良い事じゃないかな。
円で表現する自然界を色で描いたり・・
時々、自分の個展を見てくだる方で、「これ、合同展ですか?」と
聞かれたりする。見た目の印象が、いろいろらしい。
でも意外にも、ずっと長い事続けて見てくださっている方は、
「なんか不思議と、やっぱり香本さんの絵だなって感じる」と
言ってくださる。
見方、感じ方は それぞれで良い・・ただ、私はこの
先日見つけた古いスケッチブックに、「変わらない自分の根っこ」を
見た気がするんです。下手もかわらないけど(苦笑)。
でもこの頃もひたすら描いて、葛藤していたんだよね。
本当に素敵だと思う絵を描いていた人は、職業として成り立っていない画家
ばかりだったし・・それは今もだけど。
地球自然の危機を当時感じ、自分が好きな道の困難も感じていたんだろうなあ。
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by art-komoto | 2015-11-25 23:03 | History自分史のかけら
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どんぐりの会の開催で、第10回月夜の幻燈会「かしわばやしの夜」を
5/17 夜7時から見ることが出来た。
会場となっている雑木林に足を踏み入れた際の、ふわふわとした感触。
懐かしさがこみ上げてきた。
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私が13歳から17歳の頃まで、ここに来て歩いて
よくスケッチしていた。
街道のクルマの喧騒から解き放たれて、自分を見つめることが出来た。
特に15歳くらいから徐々に進み、17歳で最も酷くなった頸椎の痛みで
医者にも友人にも理解されず、一人悩みながら、ここに来ていた。
http://park18.wakwak.com/~artkomoto/kmt/1mai/200711.html
空の雲を眺めて、樹木に向かって、また来たよ などと語ったりしていた。
まだ体育館もグランドも無く、桑畑が広がっていた。
ここは、本当に私が 解放される場所だったのだ。
今、偶然にも、この場所を道路に変えようとする計画があり
ここを守ろうとする人々がいる・・それが、どんぐりの会だった。
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facebookでそのことを知り、自分が描いてきた上水の絵をアップしたところ
関心を抱いてくださった。
その流れから今日、ここにきている自分に、なにか偶然以上のものを感じていた。
上映前に、幕の設置されている周囲を一周して、
個性あふれる樹木たちをスケッチした。皆 良い表情をしている。
両手をあげて感動しているようにも見える。
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イメージに近づけるため、これは反転した画像です。
これらの樹は、私自身の接点でもある。なんとか守っていきたい。
それこそ、次の時代に 子供たちに残していく 地球の宝物なのだから。
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by art-komoto | 2014-05-19 11:45 | History自分史のかけら
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昨日は、朝8時台の西武秩父発に乗り 小平市へ。
一橋学園に早く着いたので、昔住んでいた場所近くまで
歩いた。
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警察学校沿いの桜は散っていた・・ここをイメージして描いたこともあった。
それは、数年前に桜雪という絵になった。
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デジカメの無かった時代・・よくここでフィルムを出した。
豊生画廊での最初の個展のDMは、同じ絵を露光などを変えて
24枚撮影して、ここで現像して選んだ。
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後藤の魚屋さん・・もう閉めてしまったらしいけれど
豆鯵を安くしてもらって、小分けして冷凍し
当時のミーの腹を満たし、健康を維持したなあ。
自分にとっての、おもひでぽろぽろだ。
16年ぶりくらいに歩いた道だが、多少店並みは替わっても
あの 歩いていた匂いを感じる気がするのだ。
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by art-komoto | 2014-04-11 10:07 | History自分史のかけら

72 home sweet home 1 生家

生家

ある方から

生まれ育った家が
今日、取り壊されると聞いた。

道路拡張、トンネル建設のために
やむおえない選択だった。

壁や材木の一片ひとつが
空気を作り
思い出を作っていただろう。

私は,
岡山県津山市に産まれたが、
貧しかったせいか、おばちゃんの家に住んでいた。

上京し
幼稚園と小学校は東京の墨田区で過ごした。
アパートに住み、また別のアパートに越した。

小平市に、小学校4年から住んだが
社務所・・つまりお寺の行事に使う家屋だった。
プライベートがあって無いような
中学生にとっては、自分の感情が試される場所だった。

高校(高専)になって、同じ小平市の
上水本町へ、ようやくマイホームに引っ越した。

私は、高校2年まで思いつめて
絵がやりたいと退学・・家出もしたが
持病で苦しんで・・いろいろあって
この家に一時帰った。

その間、高円寺都立家政などに住んだ。

再び親元から離れたが、比較的近所の
アパートに住んだ。

そして10数年前に、秩父に引っ越し
中古の一軒家を買い、暮らしている。

だから、おばちゃんの家は
よく覚えているが

家族と共の生家の印象が
正直ピンと来ないのだ。

だから、ずっと長い間
心の染みが付いた家は
ずっとずっと深い感慨があるだろうなあと思う。
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by art-komoto | 2010-10-20 12:19 | History自分史のかけら

57 ハリセンボン

相手が
自分をどう見ているか

そんなことで

自分は

支配されてはならない。

たとえば


あなたが会社を何日も
休んだからといって


あなたが時々
休んだからといって


弱いだの

ずる休みだの

役たたず

期待はずれなどと


言ったり
見たり
判断したり
裁いたりしていても


そんな
相手が
自分をどう見ているか

そんなことで

自分は

支配されてはならない。


あなたは
本当に
具合が悪いのだ。

10代の頃から
首が痛く
フラフラして

頭から腰まで
数十本の
針をした

整体師には
三多摩一の硬直した首と
真面目に診察された。

硬直しやすい体質

そんなことで説明がつくのかと

激怒したら

頚椎が悪いことがわかった


悪く無いのに
重病のように
休んでいると

人や
医者や
人々が

自分を裁いたとしても

あなたは
本当に
日夜 首が痛くて
めまいがしたり
不安定だったり
しているのだから

たとえ
一日のうち
何かが出来たとしても

人の
判断や評価で

自分を苦しめたり
追い込んでは

ならないのだ。

ハリセンボン

ハリセンボン

わたしは
まさに体に

ハリセンボンくらい

合わせると刺してきた

それでも
良くなっていない

そのときだけ
硬直が和らぐだけだ


相手が
自分をどう見ているか

そんなことで

自分は

支配されてはならない。


あなたのことを
うそつきと判断し

あなたはこうすべきだという
外の考え方に
圧倒されてはならない

ハリセンボン
ハリセンボン
嘘ついたら
ハリセンボン
飲ます

あなたを
ハリセンボン
というのなら

私はこう言うだろう

私はもう十分


ハリセンボンを
体に飲み込んできた

自分のことを
卑しめてはいけない

たとえ
人が
あなたのことを低めたりしても

あなたは
あなた自身を

たいせつな
あなた自身を
低めてはいけないのだ

あなたは
人生で
じゅうぶん
ハリセンボンを
飲み続けているのだ

それで
じゅうぶんなのだ。
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by art-komoto | 2010-04-11 19:32 | History自分史のかけら

56 斬首願望

中学の頃から
おかしくなり始めた。
頭がもうろうとするのだ。
長年かかって、首に原因があることがわかった。
もう40年も
この持病と闘っている・・・・

巨大で強い手が
私の頭を押さえつけている
胡桃を割るように
私の頭を割ろうというのか

強くつままれた水道のホースのように
血が流れないで
ふらつく自分

人生の後半なかばで
いまだその状態にあって
あなたは これから何をしようというのか

時折ふと思うのだ

斬首

この苦しい痛みから
救ってくれるのは
それしかないのでは と。

愚かしい
そのとき、私は救われるのではなく
存在しなくなるのだから

でも
そう願うこと
そんなときがあるのだ。

いまだ。
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by art-komoto | 2010-04-10 07:03 | History自分史のかけら
e0097512_118399.jpg私が17歳の頃
それまでも、ひたすら絵を描いていたのだが
頻繁に首から頭にかけて
きりで揉まれているような痛みが起きた。
それと共にというか
これも頻繁に
おかまをかぶっているかのように頭がぼんやりした。
日常は、それの繰り返しで
爽快な朝を迎えることはほとんど無かったと言える。
17歳の青年が である。

もちろん医者に診せた。
大学病院を初め、公立、私立、有名、無名の医院
西洋医学、東洋医学、整骨院、牽引治療
カイロプラクテイック、針灸治療、電気療法、磁気療法
健康食品・・はては催眠療法までかかった。
わら治療というのがあったなら、
私は当時、その”わらをも”掴んだだろう。

たいていの医者は『若いんだから』と
親身に調べようとはしなかった。
医者に言わせると 気にしすぎ なのに
毎日 現実のものとして襲ってくる痛みと向き合い
私は 自分が狂っているのではないかと
ノイローゼになりそうになった。
ならなかったのは、私が 狂ったように絵を描き続けたからだろう。
他の治療は金がかさむばかりで
医院から出て1時間ほどで、もとの状態になる程度だった。

今私は、52歳になろうとしている。
あれから約35年が経過したわけだ。
その持病は 今も”健在”で 
なおも  ・・・ing である。
年齢による体の衰えと比例せず、勢力を保っている。

でもこの歳月で、私も
この 『手を休めない敵』に対して、少しは賢く立ち回れるようになった。
あるときは戦い、あるときは体を預けてしまう。
『わかった、わかった!もう勝手にいじめてくれ!』とばかりに・・。
自分が感動した『描きたいイメージ』を
自らの内から 凝縮して摘出すること
それを画布に注ぎだすこと
そこに筆が走っているとき、私はこの執拗な敵に対して勝者だ。
邪魔をさせない。

睡眠を多く摂ったからといって、頚椎の痛みは消えない。
なぜなら一般的な こり ではないからだ。
最近・・本当に 最近だな。
最近、私の頚椎は おかしいことが病院でわかった。
首の関節と関節の隙間が一定でなく
神経を押さえ込んでいるそうだ。
きりきりの痛みや、頭のぼんやりは
押さえ込み方の差なのか、
水道のホースをつまんだときのように
血行や神経やパルスが充分行き届かないのだろう。
思えば、過去、何百枚のレントゲンを撮っただろう。
過去何百回の『異常ありません』の答えと共に
心の痛みの2Hの線は 6Bにまで太くなっていたのに。

でも、いまさら手術などしない。
なぜなら、脳に繋がる神経が密集している頚椎をいじって
半身不随になったり
イマジネーションが変化してしまったら
それこそ、私は立ち向かうことが出来ないからだ。

なりを潜めたかのようにいた頚椎の痛みは
この一ヶ月間ほど 総攻撃かのような様相を呈している。

でも私は負けない!
生きてみせる!
描いてみせる!
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by art-komoto | 2007-06-02 11:12 | History自分史のかけら